アポロ12号の「止まらなかったコンピューター」

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1969年11月14日、アポロ12号とサターンV型ロケットは、打ち上げの36秒後と52秒後の2回にわたり落雷に見舞われました。

この二度の落雷の影響で燃料電池が停止して、 アポロ12号司令船の 計器盤の警告灯が全て点灯する事態となりました。同時に、管制センターとアポロ12号司令船の飛行計器との交信が不能となり、管制センターに送られてくる遠隔測定データは正常ではなくなっていました。

まさに、アポロ12号の搭乗員は、緊急脱出用ロケットを作動させて、飛行ミッションを中止するかどうか、という事態に直面していたのです。

IU(Instrumentation Unit)は第3段ロケットの最上部に位置

しかし、IBMが構築し、サターンV型ロケットの第3段の最上部に取り付けられたリング状のサターン機器ユニット IU(Instrumentation Unit)と、IUに埋め込まれていたIBM製のサターン誘導コンピューター LVDC(Launch Vehicle Digital Computer)は、落雷の影響を受けることなく動き続けました。

つまり、アポロ12号司令船と管制センターが落雷の影響で緊急事態に陥っている中、サターンV型ロケットは、IUとLVDCによって正常に飛行していたのです。そして、管制官のJohn Aaronの指示をアポロ12号の搭乗員が実行することで電力が復旧し、アポロ12号司令船の 計器盤と遠隔測定装置が正常に戻りました。

そう。動き続けたIUとLVDCのおかげで、アポロ12号の飛行ミッションは中止せずに済んだのです。

製造中のIU(Instrumentation Unit)

IBMが構築したIUは、打ち上げの5秒前から作動を開始し、プログラムされた一連の姿勢制御操作を経過時間に従って実行する装置でした。

基本機能として、「エンジンのカットオフなどを含む、サターンV型ロケットのコマンドとシーケンス処理」「サターンV型ロケットの地球周回軌道への投入」「サターンV型ロケットの位置・機能・その他のデータの地上への中継」を提供しました。

分かりやすく一言で述べれば、IUはサターンV型ロケットの飛行を自動で制御する装置だったのです。そして、IUを独立した制御システムとし、アポロ司令船とは別の場所であるロケットに搭載するという設計上の判断が正しかったことが、アポロ12号によって証明されたとも言えるのです。

サターン誘導コンピューター LVDC(Launch Vehicle Digital Computer)

IBM製のLVDCは前述の通りIU内のコンピューターなので、LVDCこそが「止まらなかったコンピューター」となります。このLVDCが提供した機能は以下の通りです。

サターンV型ロケット打ち上げ前のチェックアウト
LVDCは、自己完結型プログラムを使用して、LVDC自身とサターンV型ロケットの第三段の誘導システム、制御システム、遠隔測定システムをテスト。さらに、ミッション・シミュレーションも実行。

ブースター・ガイダンス
速度、位置、高度、時間に関するデータを処理。1秒間に25回ステアリング信号を発行して、ジンバル(首振り)機構が設けられたロケット・エンジンの推力の方向を制御し、ロケットを軌道上に維持。

サターンV型ロケットの月軌道への投入
サターンV型ロケットの第三段のエンジンを点火し、地球軌道から月軌道に宇宙船を誘導するための信号を発行。アポロ司令船・機械船が向きを転換して、月着陸船とのドッキング操作を実行している間、サターンV型ロケットの第三段を安定させるとともに、アポロ宇宙船の脱出速度を計算し、エンジンカットオフの信号を送信。(アポロ宇宙船は、司令船、機械船、月着陸船の総称)

では、その「止まらなかったコンピューター」LVDCは、どのようなコンピューターだったのでしょうか。

まず、LVDCと似たアーキテクチャーとして1965年に誕生した、ジェミニ宇宙船用のガイダンスコンピューターである Gemini digital computerについて確認しましょう。

前方の光沢のある筐体がGemini digital computer

ジェミニ計画では、他の宇宙船とのランデブーとドッキングの達成が目標の1つだったため、宇宙空間での複雑な操作が搭乗員に要求されました。

IBMがNASAの宇宙計画のために初めて開発した宇宙船専用のコンピューターであるGemini digital computerは、搭乗員に飛行情報を提供するとともに、軌道飛行やランデブー、再突入といった宇宙船の操縦を助けました。

宇宙船に搭載されることから、Gemini digital computerは小型化が要求されました。画像前方の光沢のある筐体がGemini digital computerの実物で、大きさは、高さ18.9インチ(約48cm)、幅14.5インチ(約37cm)、奥行き12.75インチ(約32cm)であり、重さは59ポンド(約27kg)でした。

当時はあらゆるコンピューターが大きなサイズだった時代です。コンピューターを小型にする、というGemini digital computerでのIBMの挑戦は、新たに開発された多層配線技術によって実現されました。この多層配線技術によって、全長3マイル(約4.8km)もの長さとなる配線を排除することで、習熟した組立工が必要となる溶接作業を不要とし、高密度回路パッケージへの道が開かれました。そして、この配線技術は、当時のIBMの主力コンピューターであったIBM System/360にも採用されました。

テストを受けるサターン・モジュールのデュアル・メモリー

サターンV型ロケットのIUに設置されたLVDCは、このGemini digital computerと同様に小型化が要求されました。そして、同時に、大幅な機能強化も要求されました。それは、前述の通り、LVDCは様々なタスクを自動で実行する役割を担っていたからです。

例えば、半導体回路は、IBM System/360で採用されたSolid Logic Technology(SLT)以上の小型と軽量化が必要とされ、LVDCでは新たにUnit Logic Device(ULD)が採用されました。

IBM System/360 Model 50

ちなみに、LVDCとは別の話となりますが、メモリーについては、IBM System/360 Model 50相当の容量を、サターンV型ロケットのIUに搭載しました。(Model 50は中小型システムにおける上位機種でした)

IBMのアポロ計画関連のWebで、LVDCは「IBM System/360の能力をスーツケースサイズに小型化したもの」と表現されています。確かに、そう表現するほうがわかりやすいことに同意しますが、LVDCはIBM System/360の派生モデルではありません。あくまでも、サターンV型ロケットの飛行制御に特化して開発された専用コンピューターです。

そうは言いつつも、テクノロジー的にIBM System/360と近しい要素を持っていた「止まらなかったコンピューター」LVDCは、現在の社会インフラを支えるIBM Z(IBM System/360の後継機)が掲げる「Zero Downtime(停止時間無し)」の原点のように思えてなりません…筆者だけでしょうけれど。

John Aaronが語るアポロ12号

*記事中の画像は、IBM 100 : アポロ計画、IBM News Federal Systems Division Lunar Landing Special(PDF) から引用しています。

IBM News Federal Systems Division Lunar Landing Special の表紙

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Takumi Kurosawa
Takumi Kurosawa

Written by Takumi Kurosawa

なんちゃってブロガー兼カメラマンな勤め人。業務用ソーシャルメディアの元「中の人」。(Mediumでの執筆内容は私自身の見解であり、執筆時点で所属していた企業の立場、戦略、意見を代表するものではありません)

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