「未来の考古学」より〜IBM Selectric Typewriter

Takumi Kurosawa
Jul 18, 2022

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額縁に収められているのは、500年以上美しい状態で保たれる写真「プラチナプリント」。そして、「プラチナプリント」で印画されているのは、「タイプボール」と呼ばれるものです。

「タイプボール」の表面には文字が並んでいます。このことから、「タイプボール」は文書作成に使われていたものと想像できた方もいらっしゃるのではないでしょうか?

この「タイプボール」は、「ワープロ」こと「ワードプロセッサー」を目にしたことがない世代が多いであろう2022年において、聞いても何のことかわからない方が多数であろう「タイプライター」で使われているものです。

「タイプライター」とは…の前に、冒頭のプラチナプリントが、どのような展示の場に設置されているかを紹介します。

3Dファントムを用いた空間映像とIBM Selectric Typewriter。IBM CEC Online「未来の考古学」より
3Dファントムを用いた空間映像がオフの状態の「未来の考古学」展示風景の一部

日没後、色彩がモノトーンになる空間。展示物の上方に映し出される、3Dファントムを用いた空間映像。冒頭に紹介したプラチナプリントは、展示物の傍らに設置されています。(写真の場所は、日本IBM本社事業所の一角)

この展示はメディアアーティスト 落合陽一氏の監修によるもので、「未来の考古学」と命名されています。

私は日本IBM社員ではありますが、展示されている施設の関係者ではありませんので、「未来の考古学」と命名された経緯と主旨は、本展示を紹介するWebページに記載されている以上のことは、残念ながら知る立場にはありません。

自分なりの解釈は、「未来の考古学」=「未来の時点における『現在』」を形作る技術的・学術的な「礎」となるもの。

そして、現在の私たちは、「未来の考古学」たりうるかもしれないものを、特別ではなく「当たり前」のように扱っています。あるいは、2020年代の「礎」となった数十年前のものを、「大きな意味を持つ」とは思わないまま、「過去のもの」として扱っています。

でも、本当は、現在においても存在感を放つ機械たちには、それぞれの機械が誕生した背景に(その時点の)最先端の着想があります。現在における「当たり前」の原点に思いを馳せることは、意義深いと言えるでしょう。そして、それぞれの機械が実現したテクノロジーの進化を再認識することは、もしかしたら、新たなテクノロジーを生み出す発想の起点になるのかもしれません。

さて、では、「タイプライター」とは…に戻りましょう。

タイプライターとは、「キーボードの文字を押すと、文字が刻まれたタイプバーと呼ばれる金属のアームが動き、インクをしみこませた帯の上からアームに刻まれた文字を紙に打ち付けて、紙に文字を印字する機械」です。

そして、IBMが1961年7月31日に発表したタイプライター「IBM Selectric Typewriter」は、「タイプバー」ではなく、ゴルフボール型の「タイプボール」を印字の仕組みとして採用したことが革新的でした。(後継機と区別する観点で「IBM Selectric I 」とも呼ばれています)

IBM Innovation Studio所蔵のIBM Selecric I Typewriter(1961年発表)
「未来の考古学」で展示されているIBM Selectric II Typewriter(1971年発表)
IBM Selectric II Typewriterにセットされている「タイプボール」(写真中央)
カタカナの「タイプボール」

何が革新的だったのか。

実は、「タイプバー」と異なり、「タイプボール」は交換が可能です。つまり、文書を印字している途中で「タイプボール」を交換することで、異なる書体や言語を印字できるのです。

現在、私達が文書作成に用いているワープロソフトは、パソコンでも、スマートフォンでも、それこそ、Webブラウザー・アプリケーションとしても利用可能になっています。そして、文字フォントは変更できて当然、と私達は思っています。

しかし、上述したように、「タイプボール」を用いるIBM Selectric Typewriterが登場するまでは、文章の途中で文字フォントを変えることは不可能だったのです。まさに、現在の「当たり前」の原点が、IBM Selectric Typewriterなのです。

そして、もしかしたら、「タイプボール」を目にすることで、新たなテクノロジーを生み出す発想の起点とする人が現れるかもしれません。

なぜなら、「未来の考古学」の展示は日没後で、展示エリアは消灯されています。明かりは、3Dファントムを用いた空間映像のみです。つまり、思考に没入するには最適な空間だからです。

本記事の執筆時点では、残念ながら「未来の考古学」は一般公開されていません。セミナー受講や商談などで、日本IBM本社事業所を訪れる機会がある方は、ぜひ、事前に、応対する日本IBM社員に「未来の考古学」の展示見学について相談なさってください。

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Takumi Kurosawa
Takumi Kurosawa

Written by Takumi Kurosawa

なんちゃってブロガー兼カメラマンな勤め人。業務用ソーシャルメディアの元「中の人」。(Mediumでの執筆内容は私自身の見解であり、執筆時点で所属していた企業の立場、戦略、意見を代表するものではありません)

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